初めて観た彼の作品は、何年前だったか…ミニシアターが流行り始め、Brit Popなんて言葉が音楽業界を賑わせていたころ、それに関連づけてヨーロッパ映画の特集を組んだ冊子に載っていた「ケス」という作品。
この映画を観たとき、味わったことのない感情がわきおこるのを感じたのを、今もよく覚えています。話も、構成も何もかもがシンプルで、余計な脚色も一切なく、ただひたすらに、主人公の少年を追い続ける。過ぎたことはもとに戻せないというかくも悲しい空気感、その味わいは、全盛期のハリウッド作品のそれとは明らかに違っていたから。
以来、ケン・ローチという人が、大好きになってしまいました。私が難民や移民と呼ばれる人々を知るきっかけをくれたのも彼です。彼の映画の素晴らしいところは、「普通の人々を、普通に撮る」才能。この人ってば、本当に人が大好きなんだなと毎回思わせてくれます。
この映画は、彼のほかにも、エルマンノ・オルミ(『木靴の樹』)、アッバス・キアロスタミ(『桜桃の味』) と、カンヌパルムドールを受賞した3名の監督による作品です。これらの監督に共通するのはおそらく、人生とは何かを、つねに映画を通して模索していること。映画が娯楽ではなく、彼らの人生観そのもの、なのです。
映画に出てくる、恋に目覚める中年教授、ワガママおばちゃんとそれに付き添う夢のない青年、浮ついたセルティック・サポーター三人衆の一挙一動が本当にリアル。走る列車の「かたん かたん」という音にのって、車中の出来事が淡々と繰り広げられていきます。そして、私たちがいざ、というときに踏んづけてしまうものや、人間なら誰でも持っているエゴの部分、傲慢さ、無気力…それらが1枚のチケットをめぐって、時間の移り変わりとともに巧みに描かれてゆきます。
映画は通しで、いわゆるオムニバスとは異なりますが、見ていくと三つの部分で構成されているのがわかります。最後の部分(セルティック・サポーター)がケン・ローチ編。内容はわかりやすく、これまでになく明るく、ほのぼのとしたエンディングで「らしくない」んですが、彼のまた違った一面が垣間見られて後味の良い作品です(上映中の『麦の穂をゆらす風』と同じ監督とは思えないかも)。
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