いまさらですが、なんで日本語教師になったかという話。
高校生のころ、周りとうまく馴染めなくて、1人で映画ばかり観ていた。
それで英語が好きになって、外国に目を向け、海外文通なんかを始めた。ヘタクソな英語でも自分の意志が海を越えて海外に伝わるのが楽しかったのだ。(当時、世界中に30人ぐらいいました)
そんなわけで、進路を考える時期になったとき、英米語学科に行きたいなと思うようになったのだけど、そのころ読んでいた雑誌に、故天本英世氏(「死神博士」で有名)が語るこんな記事を見つけた。
「自分の国のことばも知らないで、英語だスペイン語だなんておかしい。まず自分の文化をしっかりと見つめないと」。
ああそうか、と思った。英語は本でも勉強できる。自分でなんとかなるはずだ。日本語を勉強したら、自分自身のことがもっとわかるようになるかもしれない。
当時の私にとって「ことば」は本当に神秘的なものだった。ことばは刃物と同じ。上手に使えば、とっても便利で生活を豊かにしてくれる。でも同時に、使い方によっては人を傷つけもする。
そして、日本語学科というのがある大学に入った。