桜も散って、あっという間にゴールデンウィーク。
先日、学生数名と会っていたら、1人の学生のケータイに電話がかかってきた。横にいたら聞こえてしまったのだけど、「えっ、ダメだよ。先生がおこるよ」とか何とか言っている。どんな悪さをしたんじゃい、と思っていたら、電話を切ったその学生が何やら深刻そうな顔で「先生、Aさん帰っちゃうよ」と一言。
進学目的のビザ(就学ビザ)で滞日している学生が日本国外に出る場合、「再入国申請」をしなければそのビザは効力を失い、日本へ再入国できなくな る。初めは、日本はゴールデンウィークだから帰るのもまあ良いんじゃないの、なんて思っていたけど学生たちは「明日帰っちゃうよ」と慌てている。嫌な予 感。そして「先生、今日、これから時間ありますか」と聞かれた。「これからAさんに会って話を聞きます。先生も一緒に来てくれませんか」とのこと。たまの 休みなので、家に帰ってのんびりしようと思ったけど、どうも行ったほうが良さそうな気がして…。
向かったのは秋葉原。駅改札で半分恥ずかしそうな、そして半分気まずそうな、複雑な表情のAさん。「とりあえず、どっか入ろう」。
こういうとき、私は絶対に理由を聞かないことにしている。言えない事情 もあるから。向こうから言ってくれる場合もあるけど、どちらにしても、その人が私を信頼していなければ本当のことを言うはずなんてないのだから。結局、彼 の意見は「これ以上日本にいても意味がないと思う。朝は起きられないし、学校でも集中できないし、今の出席率がひどい」。このままだと退学させられて強制 送還になる。それぐらいだったら、自分から帰ったほうがいいと思う、ということだった。でも彼は人柄も頭も良いし、出席率も4月は悪いがこれから頑張れば いくらでも返上できる程度のものだ。
とりあえず、「もう決めたのかもしれないけど、後悔だけはしてほしくない。自分で良いと思っても、もう一度よく考えたほうが良いと思う。」としか言えなかった。
私たちは日々、朝起きてから夜寝るまで、常に何かを選択して生きている。たとえば、朝ごはんを食べるのか食べないのか、食べるなら何を食べるのか。このくらいなら人生に影響を来すことも少ないと思う。でも結婚や留学となると話は別だと思う。
「人生万事塞翁が馬」という言葉もあるにはある。まだ若いから何かあってもやり直しがきく。…そうは言っても一度しかない人生なんだから、後悔はし てほしくなかった。日本へ来るまでにも想像を超える苦労があったはずだ。家族や友人たちの援助も受けたはずだ。それを「ただつまらないから」という理由だ けで諦めてほしくなかった。
彼は本気で帰ろうと思っていたらしく(しかも翌日の午前便)「でも、自転車も炊飯器も、全部売ってしまった。最後の記念に今日デジカメも買っちゃった」と。私がことあるごとに学生に話すこと…「お金は貯めることができる。でも、時間はただ過ぎて行くだけ。それをどう使うのかをまず考えたほうが良いと思うよ。 もうチケット買っちゃったのかもしれないけど…」と言うと、クラスメートも口を揃えて「そうだよ、そうだよ…」と。1人の学生は、涙目になっている。
そして「帰る、帰らないは、Aさんが自分で決めることだから、私はそのことについて何も言えない。でも、黙って帰ろうとしたのはショックだった。」と言った。
その言葉でかわからないけど、しばらく黙っていた彼が「決めました。やっぱり、帰らない」。その瞬間、みんなの表情がぱっと晴れ、私も思わず握手を求めてしまっていた。
それから、宴の席でのゲームをやったり、楽しくおしゃべりしたりして、私は10:30ごろ席を後にした。「じゃ、また学校でね」。
翌朝、昨日電話を受けていた学生から電話がかかってきた。
「…先生、あぁ…。Aさんやっぱり帰っちゃったみたい…。」電話してもつながらないのだと言う。「昨日飲み過ぎて、寝ているのかもしれないよ。もう少ししたら、私からもかけてみるから。」
でもやっぱり、出なかった。その次の日も、次の日も。
私が何か言うことではないし、逆に自分の気持ちを押し付けてしまった感じがして、エゴ丸出しだったなあ、とか、でもやっぱり寂しいなー、とか。教師 である自分と、ただの人間である自分のボーダーラインに立たされて、なんだかやりきれなくなってしまっている。特にそのクラス、ここ数年でも類を見ないほ どみんな仲が良いのに、途中で帰国してしまう人が多い。日本は合わないとか、親が離婚したからとか、志半ばで帰っていく学生の姿を見るにつけ、せつなくなるのは事実。
彼の性格からすると、多分彼の心はもう決まっていて、でも会いにきてくれたみんなを悲しませたくないから、「帰らない」ということにしたのかもしれない。彼なりの精一杯の優しさだったのかもしれない。
季節では春が一番好き、という人は多いだろうけど、私は苦手。新緑を見るたびに、桜の歌を聴くたびに、あの人やあの人のことを思い出してしまうから。
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